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・私たちが住んでいるのは川をはさんだ此岸の世界
 
 釈迦が説いた教えは、「どうしたら人は幸せになれるのか」ということが基本テーマになっている。これを語る前に知っておかなければならないのが、「此岸」と「彼岸」の存在である。自分の前に大きな川が流れている様子を想像してみよう。自分がいるほうを「此岸」、川をはさんだ向こう側を「彼岸」とする。仏教では、私たちが住んでいる此岸は凡夫の世界、彼岸は仏の世界と考える。此岸は、煩悩にあふれた世界だという。釈迦は、人は此岸では真の幸せにはなれないから、彼岸へ渡れと説いた。彼岸は、煩悩の炎がすっかり消えた、涅槃の世界である。釈迦は、此岸からこの大きな川を渡り、彼岸へ行くための方法を説いた。さて、そこで問題になるのが川を渡る方法である。小乗仏教の教えた方法では川を渡れるのはごくわずかな人々であった。しかし、これは釈迦の望んだ教えではないとして、すべての人が渡れるように、その方法を説いた大乗仏教が誕生した。

 ここで少しお話をはさみますが、私がなぜ、最初に死後について述べたのかお話ししましょう。一般には、人は死後すぐに三途の川を渡るといわれることが多いようですが、実はそうではありません。前途申しましたように、人は亡くなるとまず、暗い闇の中を歩いて行きます。その中で、何度も裁きを受けます。その後、ようやく三途の川を渡ります。細かいことについては、のちにお話しします。余談になりますが、あの人は悪人なのにのうのうと長生きしやがって。と、思えるような人を見ることは、御多分にもれずあるでしょう。でも、心配には及びません。死後、必ず苦しみます。死んでから後のことだから、そんなこと知ったことじゃねぇ。なんて思ってるあなた、今のうちに考えなおしたほうがいいですよ。亡くなったからといってすべてが終わりではありません。簡単に言うと、体と魂が切り離されただけだということです。人を殺めることも罪ですが、自ら身を断つことも、悪口などをいうことも、みんな仏教では罪なのです。それを死後、鬼にさんざん戒められます。ここから先は、実際のお経の中身や解釈について一緒に考えていきましょう。先に述べてしまいますが、お経をよく読んだ方なら解ると思いますが、お経の中身の半分は亡くなった人、半分は現世に生きる私たちのための内容となっています。
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仏教とは何か?

実話 その1

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