まず、人は亡くなると、暗い闇に落とされます。一人で真っ暗な闇を歩いて行きます。その後、死出の山という剣のようにとがった岩と、身を引き裂くような風が吹き荒れている山を羅刹(鬼)に追われながら登ります。

初七日(泰広王:本地は不動明王)

ここでは人間界にて仏道修行をしていなかったこと咎められます。

◎三途の川(①善人は橋 ②罪の軽い人は浅瀬 ③罪の重い人は強深瀬)を渡ります。    
 *一部経の薬王菩薩本事品二十三の中に渡る船を得たるが如くとあるように、追善供養のお経は三途の川を渡るといいます。


二十七日(初江王:本地は釈迦如来)

ここでは、二つの巻物を読み上げられます。一つは、すべての犯した罪。一つは、すべての行った善行。

◎業関(ごうかん):関所で関守の鬼から”罪業は手足で作るものだ”と言われ、手足を切られてしまいます。それでもまた手足ができ、歩いて行きます。


三十七日:(宗帝王:本地は文殊師利菩薩)

ここでは、俱生神(ぐしょうじん)が一生の罪を記録しており、その罪を雷鳴のように大声で読み上げられます。

◎業江(ごうこう):熱湯のように熱く、臭い大きな河に落とされます。体は煮えただれ、毒虫が集まってその体を食い始めます。(この苦しみを七十七夜うけます)


四十七日(五官王:本地は普賢菩薩)

ここでは、一生の悪業を業の秤に乗せられ、大きな岩のような石と天秤にかけられるが、自分の方が重い(罪が重い)ことがはっきりわかります。そして、鉄の棒で体を打ち砕かれます。しかし、業の報いでまた活きかえります。


五十七日:(闇魔王:本地は地蔵菩薩)

ここでは、闇魔大王の裁きを受けます。俱生神(ぐしょうじん)が書き示した悪業を読み上げられ、その言い訳をすると、浄頗梨(じょうはり)の鏡という九麺の中に入れられ、一つ一つの鏡に一生犯した罪、自分しか知らない悪業までも残らず浮かび写ります。その後、棒で体を打ち砕かれます。また活きかえり、重なる苦しみを受けます。

◎鉄丸所(てつがんしょ)という難所を通ります。(広い河原です)大きな石につぶされ、また活きかえり、またつぶされることが七十七日続きます。

六十七日:(変成王:本地は弥勒菩薩)

ここでは三つの道に分かれているどれかを選ぶように言われ、善人なら悪道にはいかないといわれるが、罪人は、悪道に入り、銅の煮え湯を浴びてしまいます。

◎闇鉄所(あんてつしょ)という、暗く狭く角が刀のような岩場を七十七夜歩いて行きます。


七十七日:(泰山王:本地は薬師如来)

ここでは泰山王人として生をうけ、得難い仏法にめぐりあうことができたのに、仏道修行をしなかったことを咎められます。そしてこの後、次の行先を決められます。六つの鳥居のいずれかをくぐります。(①地獄 ②餓鬼 ③畜生 ④修羅 ⑤人 ⑥天)追善の供養が届いた人は⑤人もしくは⑥天に行くことができます。それでも行き先が決まらない人は次のところへ行くこととなります。

◎鉄水山(てっぴょうせん)という、鉄の分厚い氷でできた河原を渡ります。寒さや冷たさで、体が引き裂かれます。

百箇日:(平等王:本地は観世音菩薩)

ここでは仏道を信じなかった者たちに親の追善供養をしてこなかったことを咎められます。自分の心がけによってここまで来たことを咎められます。


一周忌:(都弔王:大勢至菩薩)

ここでは光明箱という箱を開け、罪の有無で開けた箱の中から猛火が燃え上がり、罪人の身を焼きます。しかし、追善の供養があれば、火も小さくなり、その罪を許されます。


三回忌:(五道輪転王:本地は釈迦如来)

子孫の追善の供養がない罪人はこの後、地獄に落とされます。追善の供養があれば、その罪を許されます。


さて、死後の世界がどんなものかお分かりいただけましたか?仏教では、死後の世界が存在するがゆえに亡くなった方の追善供養が必要になります。このことをご理解いただいたうえで、話を進めてゆきます。

前後しましたが、お釈迦様について話を元に戻します。
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